明治という激動の時代、
日本という若い国家が「近代国家」として
立ち上がろうとした瞬間を描いた大作が、司馬遼太郎の『坂の上の雲』全8巻。
「坂の上の雲」は戦争の記録ではなく、「未来を夢見て走った若者たち」の物語。

◆ あらすじ

物語の主人公は、伊予松山(現在の愛媛県)出身の3人の男たち・・・
秋山好古(よしふる)、秋山真之(さねゆき)、正岡子規
彼らは貧しい地方に生まれながらも、自らの力と時代の追い風をつかんで、
歴史の表舞台へと登り詰めていきます。

好古は陸軍で騎兵戦術を極め、日本陸軍の近代化を支える指導者になります。
弟・真之は海軍の参謀として、緻密な戦略で日露戦争の勝利に貢献します。
そして子規は病に倒れながらも、近代俳句・短歌の革新者として文学史に名を刻みます。

◇ 物語の出発点 ― 松山の青年たち
明治維新の余波冷めやらぬ時代。旧士族の子である秋山兄弟と、友人の子規は、
学問と武を通じて、それぞれの夢に向かって歩き始めます。

秋山好古は、旧制中学から苦学の末に陸軍士官学校へ。のちにフランスに留学し、
騎兵の先進戦術を学びます。弟・真之は、自由で反骨心ある気質の持ち主で、
英語力を買われて海軍兵学校へ。海軍の中で頭角を現しはじめます。

正岡子規は文学の道を志し、東京で新聞社に勤めながら俳句と短歌の革新に挑みます。
彼は体が弱く、のちに病を抱えながらも、文学への情熱を燃やし続けます。

前半は、3人の青春、そして明治という新しい国の成長を重ねるように描かれます。
希望にあふれるが、同時に不安定で脆い時代――そのなかで、
彼らは必死に「坂の上の雲」を目指して走り出します。

◇ 日清戦争と初めての実戦
日本が初めて海外と本格的な戦争を行ったのが、清国(中国)との「日清戦争」。
ここから物語に「戦争」の影が強く差し込んできます。

秋山好古は騎兵隊長として、戦場を駆け回ります。日本の軍隊が初めて「近代戦争」に直面し、
軍の未熟さ、武器の貧弱さ、指揮系統の弱さが露呈していきます。それでも、兵士たちは命を
懸けて戦います。

一方、秋山真之はまだ本格的な出番こそないものの、戦争の意味や戦術に強く関心を持ち始め、
海軍内で将来を期待される存在となっていきます。

正岡子規は戦地に従軍記者として赴き、戦争の現実を目の当たりにします。健康を害しつつも、
「文学でこの時代を記録する」意志を深めていきます。

◇ 戦後の混乱と次なる戦争の兆し
日清戦争に日本は勝利しますが、その勝利はロシア・ドイツ・フランスによる「三国干渉」に
よって無力化されます。これが日本にとっての大きな屈辱となり、
「ロシアへの警戒」と「国家の危機感」が高まります。

秋山兄弟はそれぞれ、次なる戦争に備え、学びを深めていきます。好古はフランスから帰国し、
日本に騎兵戦術を根づかせようと奮闘。真之はアメリカ駐在武官として海外事情を調査し、
世界の海軍力を分析する目を養います。

また、軍部内部の派閥争いや、無能な上層部の存在がじわじわと浮かび上がってきます。
「日本がほんとうに戦争に勝てるのか」という不安が、じわりと伝わってきます。

◇ 日露戦争、始まる
ロシアとの緊張が高まるなか、日本はついに決断します。1904年、日露戦争の開戦。

秋山真之は連合艦隊司令部に入り、参謀として海軍の作戦を立案する重要な立場に。
作戦構想に長けた彼の存在が、海軍内で一層大きくなります。

一方、秋山好古も満州に渡り、騎兵旅団を率いることになります。彼は広大な大陸で、
ロシア軍の近代的な装備と真正面からぶつかることになります。

◇ 日露戦争
日露戦争が本格化。旅順攻囲戦、奉天会戦、そして最大の山場・日本海海戦へ。
勝利の代償と国民の犠牲、戦後の講和と変わりゆく日本社会が描かれ、
明治という「国家の青春時代」に幕が下ろされます。

◆ 後半の名シーン3選

「本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」――日本海海戦前夜
東郷平八郎が出撃命令と共に送ったこの電報は、日本海海戦の象徴であり、
国家の命運が託された一文です。
戦術を越えた「精神の緊張感」を伝え、日本近代史に残る瞬間として深く記憶されます。

秋山真之の「丁字戦法」立案
敵艦の航路を読み切り、前代未聞の戦術でロシアのバルチック艦隊を迎え撃つ構想は、
まさに知性の勝利。
戦争の裏側にある「戦略という芸術」に目を開かせてくれる名場面です。

ポーツマス講和会議の苦渋
戦争に勝った日本が、なぜ賠償金を得られず、国民が暴動を起こすのか。
外交の現実、限界、そしてその中で踏ん張る小村寿太郎の姿には、華やかさの裏にある
「国を背負う重み」がにじみます。

◆ こんな人におすすめ

歴史小説を通して、近代日本の歩みを知りたい人
教科書では味わえない、リアルな明治の息づかいが感じられます。
政治・軍事・文学・外交、すべてが立体的に描かれるため、単なる戦記物ではありません。

目標に向かって努力している人
地方出身・貧しい家庭・病弱――そんな逆境から、それぞれの分野で「日本初」を築いた
主人公たちの姿は、現代の私たちにも強い勇気を与えてくれます。

長編小説で人生観を変えるような読書体験がしたい人
全8巻というボリュームは確かに重いですが、読み終えたとき、
時代の流れを一緒に駆け抜けたような達成感と深い感慨が残ります。

◆著者プロフィール

大正12(1923)年、大阪市に生れる。大阪外国語学校蒙古語科卒業。昭和35年、
「家の城」で第42回直木賞受賞。41年、「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞受賞。
47年、「世に棲む日日」を中心にした作家活動で吉川英治文学賞受賞。51年、
日本芸術院完恩賜質。57年、「ひとびとの登音」で読売文学賞受賞。58年、
「歴史小説の革新」についての功績で朝日賞受賞。59年、「街道をゆく南蛮のみち」
で日本文学大賞受賞。62年、「ロシアについて」で読売文学賞受賞。63年、「韃靼疾風録」
で大佛次郎賞受賞。平成3年、文化功労者。平成5年、文化勲章受章。日本芸術院会員。著書に
「司馬遼太郎全集」(文藝春秋)ほか多数がある。平成8(1996)年急逝。

◆ まとめ

日本という国が「坂の上の雲=希望や理想」を目指して懸命に駆け上がった青春時代の記録であり
そこに生きた人々の葛藤と前進の物語です。

もし、現代に息苦しさや迷いを感じているなら、明治を生きた無名の若者たちの姿に、
きっと何かのヒントをもらえるはずです。長くても、その価値は間違いなくあります。