明治という時代が産み出した「日本という近代国家」の青春譜
日露戦争の大詰めである日本海海戦とその後の講和、
そして主人公たちの「坂の上」にあるものとは・・・
◆あらすじ・内容と読みどころ
【日本海海戦】
ロシアのバルチック艦隊が、遙かヨーロッパからインド洋、マラッカ海峡、そして東アジアの
海を越えてやってくる。疲弊しきったが、世界最大級の艦隊。対する日本連合艦隊は、戦力で
劣るが、東郷平八郎と秋山真之を中心に「この一戦にすべてを懸ける」覚悟で迎え撃つ。
5月27日、日本海海戦が始まります。日本艦隊は、進路を横切って敵に一斉砲撃を浴びせる
「丁字戦法」で先制。東郷の「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅
せんとす」の電報が、歴史に残る名文として語り継がれます。
秋山真之が立案した作戦は、敵艦の動きを予測し、もっとも有利な地点で迎え撃つものでした。
奇跡のような命中率と、日本水兵たちの高い練度が、艦隊戦において信じがたい完全勝利を
もたらします。ロシア側は壊滅。日本は、海上の決戦で世界に名を刻むことに。
【戦争の終わり方と講和会議】
しかし、この勝利でさえ、日本にとっては「限界ギリギリで得た勝利」でした。兵力も資源も、
国民の我慢も、もう限界。早く終わらせねば国家が持たない。
政府はアメリカに仲介を依頼し、ロシアとの講和に乗り出します。
ポーツマスで開かれた日露講和会議。小村寿太郎が日本代表として臨みます。軍ではなく、
外交の舞台。ここでの交渉は、勝ったはずの日本が、意外にも厳しい条件をのまざるを得ない
という苦渋の展開になります。戦勝国であるにもかかわらず、賠償金を得られない。
国民は怒り、暴動が起きます。
だが、これこそが司馬遼太郎が描きたかった「近代国家の現実」。戦争は勝てばそれで終わり
ではなく、その後にいかに立ち回るかが問われる。講和をまとめた小村の働きは、決して華やか
ではないが、国家にとって不可欠な「地味な英雄譚」として描かれます。
【それぞれの“坂の上”】
戦争が終わり、物語の主役たちもまた、それぞれの道を歩み始めます。
秋山真之は、若き参謀から次代を担う軍人へと成長します。
しかし、戦争を通じて得たものの重さと、失ったものの大きさに苦悩する。
真之の心には、「勝ったが、それだけで良かったのか」という問いが刺さり続ける。
兄・好古は、騎兵指揮官として無事に帰還。戦後は教育者としての道を歩み始め、
近代陸軍の中に「人間性」を残すべく努力します。彼の飄々とした態度の中には、
深い知性と柔軟さがあり、時代の変化に柔らかく順応していく姿が印象的です。
東郷平八郎は、すでに「国民的英雄」となり、明治国家の象徴的存在になります。
しかし、彼自身は多くを語らず、戦争の功績も「部下たちの力」として語ります。
名声の裏にある謙虚さと責任感が、彼の人間像をより深くしていきます。
坂の上に見えたもの
本作のタイトル『坂の上の雲』には、「近代国家を目指す日本人の夢と希望」
という意味が込められています。
秋山兄弟をはじめとする、無名の若者たちが、学び、戦い、
そして歴史を動かしていく過程が描かれてきました。
最終巻では、「坂の上の雲」がようやくその姿を現します。
戦争の悲惨さ、外交の現実、そして「勝利のその後」に潜む困難。
ただ戦争の勝利を称えるのではなく、その先にある「国としての成熟」が問われています。
◆こんな人におすすめ
① 歴史好き・日本近代史に興味がある人
明治という激動の時代をリアルに描いており、日清戦争・日露戦争に至る政治・軍事の動きが
具体的かつ緻密に描かれています。「歴史が人間によって動いている」ことを実感できます。
② 自己成長や挑戦の物語が好きな人
主人公たちは地方出身でありながら、それぞれの分野で努力を重ね、
日本という国を背負って成長していきます。特に秋山真之の知性と戦略、秋山好古の胆力は
「個の力と情熱」が感じられます。
③ 志ある人間ドラマを読みたい人
明治という時代の若者が国家や時代に翻弄されながらも「何のために生きるか」「どう死ぬか」
を真剣に考え抜く姿には静かな衝撃と余韻が残ります。
◆著者プロフィール
大正12(1923)年、大阪市に生れる。大阪外国語学校蒙古語科卒業。昭和35年、
「家の城」で第42回直木賞受賞。41年、「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池
寛賞受賞。47年、「世に棲む日日」を中心にした作家活動で吉川英治文学賞受賞。
51年、日本芸術院完恩賜質。57年、「ひとびとの登音」で読売文学賞受賞。58年、
「歴史小説の革新」についての功績で朝日賞受賞。59年、「街道をゆく南蛮のみち」
で日本文学大賞受賞。62年、「ロシアについて」で読売文学賞受賞。63年、「韃靼
疾風録」で大佛次郎賞受賞。平成3年、文化功労者。平成5年、文化勲章受章。
日本芸術院会員。著書に「司馬遼太郎全集」(文藝春秋)ほか多数がある。
平成8(1996)年急逝。
◆まとめ
明治の青年たちが必死に駆け上った坂の先に何があったのか。
それは、夢と理想の結晶でありながら、現実の厳しさと複雑さに満ちた「国家のかたち」。
『坂の上の雲』最終巻は、物語の集大成であり、同時に「問いを残す終章」です。
そしてその問いは、現代を生きる私たちにとっても、決して無関係ではありません。