「居酒屋ぜんや」の女将・お妙の心尽くしの料理と、
常連客たちのささやかな悩みや喜びが織りなす五つの物語
●あらすじ・内容(どんな本?)
坂井希久子の『居酒屋ぜんや さくさくかるめいら』(ハルキ文庫)は、
江戸・神田花房町に佇む居酒屋「ぜんや」を舞台に、人々の心の機微と温かな交流
を描いた人情時代小説シリーズ第4巻。
第一話「藪入り」
奉公先から藪入りで戻ってきた熊吉は、かつての盗みの過去を抱えながらも、「ぜんや」で温かく
迎えられます。お妙が振る舞う蓮根を使った「蓮餅」は、熊吉の心をほぐし、彼の成長を後押しし
ます。同じく藪入りで帰省していた小僧・丈吉との交流を通じて、熊吉は自らの居場所と向き合っ
ていきます。
第二話「朧月」
只次郎が大切に育てている鶯「ルリオ」を、勘定奉行の用人・柏木が譲ってほしいと申し出ます。
只次郎の兄は出世のために譲渡を勧めますが、只次郎は葛藤します。お妙が用意した「霰豆腐」
などの豆腐料理を囲みながら、只次郎は自らの信念と向き合い、決断を下します。
第三話「砂抜き」
「ぜんや」に酔客が乱入し、只次郎は対応に苦慮します。そこへ現れた浪人・重蔵が事態を収め、
只次郎は彼の存在に複雑な感情を抱きます。お妙が振る舞う馬鹿貝を使った「深川飯」は、只次郎
の心を落ち着かせ、彼の内面の変化を促します。
第四話「雛の宴」
只次郎の姪・お栄の桃の節句を祝う宴が開かれます。祖父・柳井は孫娘のために特別な土産を用意
しようとしますが、娘からは「贅沢なものは不要」と言われ、困惑します。お妙に相談した柳井は、
彼女の提案で心温まる贈り物を用意し、家族の絆を深めます。
第五話「鰹酔い」
造り酒屋「枡川屋」の主人が、初めての子の出生祝いに「ぜんや」で初鰹を使った宴を開きます。
只次郎の飼う鶯「ルリオ」の雛を巡る騒動も絡み、宴は賑やかに進行します。お妙が提供する鰹
の血合いを使った「血合いの叩き」などの料理が、宴を彩ります。
『さくさくかるめいら』は、江戸の人々の暮らしと心情を、丁寧な筆致と美味しそうな料理描写
で描き出す作品。
お妙の料理と温かな人柄が、登場人物たちの心を癒し、ほっとするひとときをつくりだします。
●読みどころ
1. 江戸情緒あふれる人情物語
「ぜんや」に集う常連たちの、ささやかな悩みや葛藤を描いた物語は、どれも優しく心に沁みます。
江戸という時代の中で、人のつながりの温かさや、家族・仕事・生き方に悩む人々の姿が丁寧に描
かれており、現代にも通じる共感を呼びます。
2. 季節感と料理が織りなす味わい深い描写
物語の随所に登場する料理が、単なる背景ではなく登場人物の心情や物語の転機に深く関わってい
るのが魅力。蓮餅、霰豆腐、初鰹など、四季の食材を活かした献立に、読んでいて思わずお腹が鳴
るほど。料理を通じて季節の移ろいと人情が感じられます。
3. 強くも柔らかい女将・お妙の存在
居酒屋「ぜんや」の女将・お妙は、包容力と機転を備えた女性。彼女の立ち居振る舞いが物語全体
の柱であり、登場人物たちの心をそっとほぐしていきます。職人肌の只次郎との掛け合いも絶妙で、
人間味のあるやりとりにほっと心が温まります。
●こんな人におすすめ
1,人情ドラマが好きな方に
「渡る世間は鬼ばかり」のような人情の機微を丁寧に描いた物語を好む方にはぴったり。
登場人物の喜怒哀楽が自然に描かれており、ドラマを観るような感覚で楽しめます。
2. 江戸時代の町人文化や食文化に関心のある方に
長屋暮らしや商い、江戸の食材などが細やかに描かれ、時代の空気感を存分に味わえます。
料理好きの方や、時代小説の中でも「日常」が描かれる作品が好きな方には特におすすめです。
3. 忙しい日々の中で“心の余白”を求めている方に
物語は重すぎず、それでいて味わい深く、読むごとに肩の力が抜けていくような読後感。
通勤の合間や就寝前に読めば、気持ちがふっと和らぎ、温かさが残ります。ストレス社会で
心がすり減っている方にこそ読んでいただきたい一冊です。
●著者プロフィール
1977年和歌山県生まれ。同志社女子大学学芸学部日本語日本文学科卒業。
会社員を経てプ口作家を志し上京。小説講座での研鑽を経て、2008年、
「虫のいどころ」で第88回オール讀物新人賞を受賞。2015年、『ヒーロー
インタビュー』が『本の雑誌増刊おすすめ文庫王国2016』のエンターテイ
ンメント部門第1位に選ばれる。著書に『ハーレーじじいの背中』『ウィメ
ンズマラソン』『虹猫喫茶店』『ただいまが、聞こえない』『泣いたらアカ
ンで通天閣』『羊くんと踊れば』『恋するあずさ号』『こじれたふたり』な
どがある。 引用:文庫カバーより